多文化共生・統合人間学演習IX(第3回)報告 小泉 佑介

多文化共生・統合人間学演習IX(第3回)報告 小泉 佑介

日時:
2014年11月21日(金)18:10−19:40
場所:
東京大学駒場キャンパス18号館コラボレーションルーム3
講演者:
松原隆一郎(総合文化研究科国際社会科学専攻 教授)
主催:
東京大学大学院博士課程教育リーディングプログラム「多文化共生・統合人間学プログラム(IHS)」教育プロジェクト2「共生のプラクシス──市民社会と地域という思想」

IHSプロジェクト2の冬学期授業「多文化共生・統合人間学演習IX」として開催された今回の講義では、国際社会科学専攻の松原先生が「新自由主義とコミュニティ」と題して、経済学の根本的な思想・理論を説明された後、新自由主義的な経済政策の中で世界がどのように変化しているのか、という大きな議題について考えていくという内容であった。報告者自身は、経済学に関して教科書程度の知識しか有しておらず、スミスやマルクスなどの古典、あるいはケインズ、ハイエクなど近代経済学に大きな影響を与えた人々の経済思想を学ぶことができ、大変有意義な講義であった。特に、1980年代以降の世界レベルで進行している新自由主義的な経済政策は、途上国に対して不利な市場の開放を強いており、同地に住む伝統的な生活を送る人々を圧迫している実態を、フィリピンなどの事例を参照して詳しく説明されていた。さらに、重要な論点としては、新自由主義的な政策は先進国にもさまざまな影響を与えており、アメリカのモンサント社によるアグリビジネスの拡大が、日本の農業にも大きな打撃を加える可能性を秘めていることを知ることができた。また、東京オリンピック開催に向けた国立競技場の改装にともなって、建造物の高さ制限を取り払うことにより、周囲の不動産開発を推進しようとしていることは、東京に住む我々の生活にも密接に関わっており、身近な事象として考えさせられる内容であった。

質疑応答の時間には、経済思想における「良心」といったテーマで討議が盛り上がった一方で、新自由主義的な経済政策が世界規模で進む中、金融市場は確かに急激に開放されているが、労働市場や土地市場をどのように考えればよいのかという議論が出た。これに対して、やはり個別の事例を見ていけば、移民を受け入れる国とそうでない国は先進国の中でも大きく分かれており、金融市場と比べて労働や土地市場の自由化の進行度合いは遅いのだろうという意見を聞くことができた。まさに、経済学においても、地域研究的な視点が求められていると言えるのではないか。

他方で、今回の授業を受け、アイデオロジカルな「新自由主義」を批判的に検討していく場合、巨額の資本を有する多国籍企業や、国際機関が主導する世界規模の市場自由化を全て「悪」であると決めつけて議論していくことも避けなければならないのではないかと感じた。例えば、2008年に穀物価格が高騰した後、途上国の土地を買い占めるという投機的な活動が活発化したが、こうした土地買収の主体は、近年急速に経済発展してきた韓国や湾岸諸国であったことを考えると、世界の農業は大きな変革期にあり、超巨大多国籍企業やアメリカ政府、国際機関だけでなく、東アジアや中東の新興国、途上国のローカルエリートやNGOなどの多様なアクターが複雑に絡み合った状況となっている。こうした状況の中で「新自由主義」の現状を適切に理解するためにも、広く世界の変化を捉えなければ、局所的な批判的検討に終わってしまうように思う。報告者はインドネシアにおける小農のアブラヤシ栽培を研究対象としており、こうした商品作物は世界の農作物市場とも大きく関わっているため、自らの研究を進めていく上でも、こうした観点を突き詰めていくことが大きな課題である。

報告日:2014年11月27日