本講演会では、ポモナ・カレッジで歴史学を研究されているSamuel H. Yamashita教授をお招きし、ハワイの食の変遷と人種問題に関するお話を伺った。

ハワイは1795年に王国として独立したのち、1898年から1959年までアメリカ合衆国の自治領として支配されていた。住民は上流階級の白人（Caucasian）とそれ以外のlocalと呼ばれる階級に分けられ、前者は米国本土での高等教育を受けたイギリス系やドイツ系、後者はハワイ先住民族、日系、中華系、フィリピン系、ポルトガル系、プエルトリコ系およびそれらの混血などであった。米国の自治領であった期間は、人口の10％にも満たないアングロサクソン系白人のエリートが政治や経済、社会を支配しており、local階級はプランテーションや工場、港湾などで労働に従事していた。生活や文化が全面的に人種によって区分されており、スポーツのチームが人種ごとに形成されたり、通う学校も分けられたりしていた。

食についても、19世紀からそれぞれの人種が独自の料理を有しており、上流階級と労働階級とでレストランも明確に区分されていた。上流階級はホテルやリゾート地の高級レストランでフランス料理を消費するいっぽう、localの諸人種は大衆食堂を利用していた。代表的なハワイ料理であるロコモコは、1949年にハワイ島ヒロのLincoln Grillという食堂でInouye夫妻によって考案された。価格は25セントで、白飯の上にハンバーグステーキと目玉焼きを乗せ、グレイビーソースをかけたものであった。ロコモコは、localの諸人種の労働者や学生といった若い男性を対象に、炭水化物、脂肪、タンパク質ともに多く含まれるファストフードとして提供され始めた。現在もそのような形態で売られているロコモコも存在するが、異なる形態にも発展したものがある。

その発端が、1990年代中盤にAlan Wongによる独自のロコモコ作成であった。Wongはハワイ生まれで、ハワイの料理学校を卒業したのち、ニューヨークの一流フランス料理店で修業した人物であり、ハワイへの帰還後は一流のホテルでの勤務に続き、レストランAlan Wong'sを開いた。ここでWongはフランス料理の技術を生かして、焼いたもち米に鰻とワギュウを混ぜたパティとウズラの目玉焼きを乗せ、蒲焼きソースをかけた日本風のロコモコを作り上げた。さらに、これに触発されたハワイのシェフたちが、多様なロコモコを創作している。

当時のハワイの一流シェフたちの間には、大陸から輸入される食材に頼った欧風の料理を最上とする風潮に意義を唱え、ハワイで生産される新鮮な食材を用いて、それまで低俗とみなされてきたlocalの料理を取り入れた新しい料理を生み出していこうとする運動があった。Wongのロコモコもこうした運動の中で誕生し、レストランAlan Wong'sが労働者の多いオフィス街に作られたことも相まって、さまざまな階級の人々に提供されることになった。

ロコモコのような労働者階級の食事を、一流の料理人が当地で生産された材料を用いてアレンジすることで洗練されたものになったという事例は、食を介して人種間の偏見や差別を取り除くことができることを示している。その反面、フランス料理や日本食といった概念を導入してはじめて、低俗とされてきた食文化の地位を向上させることができる、つまり文化間の根本的な上下関係──本来優劣はなくとも、ある視点から見たときの評価という点における関係──を変化させることは多大な困難を伴う、と捉えることもできるように感じられた。