多文化共生・統合人間学演習IX(第5回)報告 楠本 敏之

多文化共生・統合人間学演習IX(第5回)報告 楠本 敏之

日時:
2014年12月5日(金)16:30−18:00
場所:
東京大学駒場キャンパス8号館205教室
講演者:
佐藤一子(法政大学キャリアデザイン学部教授)
主催:
東京大学大学院博士課程教育リーディングプログラム「多文化共生・統合人間学プログラム(IHS)」教育プロジェクト2「共生のプラクシス──市民社会と地域という思想」

本講演は、社会教育学者の佐藤一子教授による、イタリアにおけるアソチアツィオニズモの伝統と社会文化についての講演である。19世紀以来の相互扶助組織である「人民の家」を始めとしたイタリアの民衆生活に根を下ろす地域共同体の紹介を通じ、市民・労働者による能動的かつ自律的な社会・文化活動とそれに基づく社会連帯の可能性が示された。

現在、教育学を始めとする様々な分野において、グローバリゼーションの進行等に伴う世界的な格差の拡がりと労働者・一般市民の社会的排除が問題とされ、そのような中で如何にして多様な価値の共生に基づく社会的包摂・統合を実現するかが課題とされている。実際、社会的排除の解決策として提示される就労による社会的包摂も、その包摂のあり方が、劣悪な労働条件によるものであったり、共同体からの孤立を伴ったものとなることが多く、必ずしも多様な価値の共生を可能とする実質的な包摂・統合とはなっていない。このような状況において、実質的な包摂・統合のあり方を示すオルタナティブな社会モデルとして、イタリアのアソチアツィオニズモは注目に値する。とりわけ、福祉レジームの観点からいわゆる南欧型に分類されうるイタリアは、一般に、家族主義的福祉の要素が強いといわれており、日本との類似も指摘されているが、本講演で示された家族を含む地域共同体によって福祉が支えられているイタリアの実情は、家族主義的要素が強いとされながらも地域と切り離され家族内で問題を抱え込む傾向の強い日本にとって、参照すべきものであるといえる。

もっとも、オルタナティブな社会モデルとしては、その具体的実現のための課題・問題もある。例えば、移民支援プロジェクトとの関連が本講演において言及されていたが、本当に共同体にとっての他者をも受け入れることができているのか、共同体内での選別・排除などのファシズム的要素はないのか、また、現代社会における所与である資本主義の下では、地域共同体は、社会の改善の主体というより、経済的な格差を温存し弱者からの搾取を許す隠れ蓑として機能しうるのではないか、などの疑問は、課題として真剣に検討しなければならないだろう。

このように検討すべき課題・問題があることは確かであるが、グローバリズムの進展とそれに伴う格差の拡大に起因する社会的排除の解決策として、イタリアのアソチアツィオニズモの伝統が、多様な価値・文化の共生に基づく包摂・統合のオルタナティブなあり方を、市民社会と地域という観点から力強く提示していることは疑いないであろう。性別・年齢・文化等において多様な人々が、相互交流の下で、それぞれの価値・文化を展開しながら、社会を形成し、共生していくための貴重なヒントたりうると思われる。そういう意味で、本講演は、市民社会と地域における多文化共生の可能性を示すものとして、示唆的で刺激的な講演であったといえる。

多文化共生・統合人間学演習IX(第5回)報告 楠本敏之

報告日:2015年1月4日