『トークバック――沈黙を破る女たち』上映+ワークショップ報告 原田 匠

『トークバック――沈黙を破る女たち』上映+ワークショップ報告 原田 匠

日時
2014年10月16日(木)14:30−17:40
場所
東京大学本郷キャンパス情報学環福武ホール・ラーニングシアタ
講演者
坂上香氏(監督)+上岡陽江氏(「ダルク女性ハウス」代表)
主催
東京大学大学院博士課程教育リーディングプログラム「多文化共生・統合人間学プログラム(IHS)」教育プロジェクト4「多文化共生社会をプロデュースする」

イベント概要

 本イベントは元女性受刑者とHIV陽性者が演者として自らの体験を表現するサンフランシスコのアマチュア劇団を8年間追ったドキュメンタリー映画『トークバック――沈黙を破る女たち』を鑑賞し、監督である坂上香氏と女性の薬物依存者等に対する支援サービスや依存症者の社会的理解の推進活動を行うダルク女性ハウス代表の上岡陽江氏とのワークショップを通じてドラッグ、依存症、レイプ、貧困、HIV/AIDSとともに生きる人々への理解を深めるというものである。イベント前にはIHS生による事前勉強会を開き各々の関心のあるテーマについて調査・発表することで知識を共有し問題を深く掘り下げた。以下、その一連の活動について報告する。

事前勉強会について

 事前勉強会ではそれぞれ関心のあるテーマを選んで発表をおこなった。依存症および摂食障害に対する理解、エンジニアの視点からみた貧困と医療問題と医療サービスにおける取り組み、暴力問題に対する支援の在り方、メディアが伝える女性犯罪者についての発表が行われた。各テーマの発表を通して自助グループの役割や問題を抱えている当事者にとっての治療方法となりうるものを具体的な事例を踏まえて理解することができた。また、ケアの倫理の視点では当事者が自身の経験について語ることで他者へのケアと同時に自己へのケアも行っているという見解からナラティブコミュニティの可能性を見出していることも、自身の専門外であったが、新鮮な考察であり、興味深かった。さらに犯罪報道においてその背後にジェンダーバイアスが顕在化しているのではないかという問題意識も本イベントで映画というメディアを使用している事を踏まえ、示唆に富む主張であった。私は自身の専門に関連させて治療費を問題として貧困によって医療サービスが制限されてしまう現状の解決策として医療費削減という観点から低価格医療機器、予防のための医師と患者をつなぐITサービスを例に報告させて頂いたが、これらのトピックをまとめる上で各取り組みがどのような背景で行われているのかということを整理できたことが私にとっても有益であった。 事前勉強会では様々なテーマを扱ったがそれぞれの専門が異なることから互いに普段注目しない事例について触れることができ、新たな知識を得るとともに新たな視点での物事の捉え方を学べたのではないかと思う。

映画を見終えて

 医師と演出家のコラボレーションから始まった劇団において様々な問題を抱えた女性たちが自身の実体験を演じる演劇は、演劇としての芸術的な意味合いはもちろん、自信に満ちた演技から説得力もあり衝撃的なものでもあった。劇団というグループ活動が自助グループとして機能している様子は映像から十分に理解できたが興味深かったのは終演後のオーディエンスとの質疑応答のシーンだった。劇中でHIV陽性であるが子供を産み母親になると発言した演者に対し、聴衆の一人が自分はHIV陽性であることが判明した時母親になることを諦めこれまで生きてきたがあなたを応援します、神のご加護があることを願いますと涙しながら話していた。そのシーンでこのアマチュア劇団というものが単に劇団員のための支援グループではなく今まで似たような境遇や経験をしている聴衆の多くの人たちをも巻き込んだ支援団体であるという認識ができ、事前勉強会で触れた自助グループの役割や自他へのケアという意見に対して明確に納得することができた。そして映画のタイトルにもなっているこのトークバックが問題を抱えた当事者の治療として、また同時に社会的理解を得る手法の一つとしてロールモデルになりうる点には着目したい。

ワークショップを通じて

 ワークショップでは坂上さんが映画の撮影許可を得るまでに4年もかかったと聞き、当事者たちとの信頼関係の構築という段階から、制作過程の難しさが十分に感じられた。個々人へのインタビューを通じて核心の部分まで引き出すために時間がかかったことや、映画で当事者たちが自分を隠さずさらけ出している姿は坂上さんのパッションなくして実現できない作品であると感心した。
 また当事者たちの声を作品の制作過程に反映させようというワーク・イン・プログレスについてもお話しくださった。女性ダルクの上岡さんの協力もあり10回ほど女性ダルクの方に見てもらった経緯についてもお話しいただいた。こうした試写を通じてダルクの方も自身の経験や意見をともにかたったということから映画がコミュニケーションツールとして機能していると考えられた。その点で、映画が国も文化も違うアメリカのサンフランシスコという限られた場所を舞台にしていたにも関わらず日本においても似たような問題や悩みを抱える人たちに共感され、また、そこから沈黙を破ろうとする動きがあるようにみえた。こうした沈黙を破る動きはマイノリティーの人たちが声を大にして意見が言える場の提供や社会的にタブー化されている事例の啓発へもつながっていけるとも感じられた。本ワークショップを通じて映画というメディアのコミュニケーション、意思表示の場という側面を認識することができ、そこから生じる問題意識の再認識・共有がまさに様々な社会問題に対する一つの解決策として重要な意味を持っていると感じた。

報告日:2014年10月21日