国際学術会議
「ポスト新自由主義時代の民主主義の行方:グローバル化する世界と社会運動」報告
信岡 悠

国際学術会議 「ポスト新自由主義時代の民主主義の行方:グローバル化する世界と社会運動」報告
信岡 悠

日時
2014年7月20日(日)、21日(祝)
場所
東京大学伊藤国際学術研究センター、伊藤謝恩ホール、特別会議室および中教室
講演者
Partha Chatterjee (Centre for Studies in Social Sciences, India/ Columbia University)、Patricia Steinhoff (University of Hawaii)、Peter Evans (University of California, Berkeley/ Brown University)、Eli Friedman (Cornell University)、Gay Seidman (University of Wisconsin, Madison)、Rina Agarwala (John Hopkins University)、Bert Klandermans (VU-University)、Jeff Goodwin (New York University)、Geoffrey Pleyers (Catholic University of Louvain, Belgium)、Francesca Polletta (University of California, Irvine)
主催
東京大学大学院博士課程教育リーディングプログラム「多文化共生・統合人間学プログラム(IHS)」教育プロジェクト2「共生のプラクシス──市民社会と地域という思想」
協力
東京大学大学院総合文化研究科地域文化研究専攻
後援
東京大学大学院総合文化研究科グローバル共生プログラム(GHP)

 本会議は「共生のプラクシス」教育プロジェクト(プロジェクト2)の活動の一環として、東京大学大学院総合文化研究科地域文化研究専攻の協力と、東京大学大学院総合文化研究科グローバル共生プログラム(GHP)の後援により実施されたものである。サパティスタ蜂起や世界社会フォーラムの発足、ウォール街占拠運動やアラブの春など、ここ20年間に数多くの社会運動や市民社会組織が出現した。そこで最新の研究成果をもとに、これらの運動や組織の多様な戦略や目標を理解し、新自由主義的グローバル秩序にかわる社会の可能性と限界を探求することが本会議の目的である。

 以下、準備期間、ワークショップ・シンポジウム当日、ディスカッサントの体験について報告を行う。

 本会議は世界各地から社会運動や市民社会研究をはじめとした様々な分野の専門家が集まったので、討論を行い学問的なつながりを築くためにまたとない貴重な機会であった。そのため、2014年度夏学期には和田毅先生担当の「グローバル社会動態論Ⅲ(北米・中南米地域文化演習Ⅰ)」の枠組みで、大学院生が会議参加者の研究を理解し、学術会議での振舞い方を学ぶためにゼミ形式の授業も開講されていた。授業は実際のワークショップを想定して英語で討論が行われ、毎回学生の中からディスカッサントが割り当てられた。会議参加者のこれまでの研究成果は高度な内容も多く、一通り読みこなすためには相当な時間がかかったが、「ポスト新自由主義時代の民主主義の行方」という一貫したテーマを軸に展開される議論は大変興味深く、実際に研究者に会って話を聞く機会が待ち望まれた。またこの準備期間には事務作業や案内資料の作成も任されたため、運営の一端を担い会議を円滑に実施するための手法を学ぶことが出来た。

国際学術会議「ポスト新自由主義時代の民主主義の行方:グローバル化する世界と社会運動」報告 信岡 悠

 ワークショップとシンポジウムは本郷キャンパスの伊藤国際学術研究センターで行われた。ワークショップでは、事前に提出された原稿はテーマも対象地域も多岐にわたっていたが、主として近年発生した労働運動や若年層の運動、参加型民主主義に関して活発な議論が行われた。例として中国の労働者による家父長的政治制度への抵抗、ブラジルの市民社会組織によって試行される参加型議会などが挙げられた。

 ワークショップの形式としては1人の発表者につき80分が充てられ、プレゼンテーション、ディスカッサントによるコメント、質疑応答で構成されていた。初めに驚いたことは各研究者による発表の巧みさである。80分というと十分な時間に感じられるが、発表者が自身の研究を口頭で説明する時間は15分程度しか与えられていない。事前に発表原稿は提出されているものの、短時間で研究内容や問題意識を聴衆に伝えきるのは難しいことである。しかし各研究者は映像資料や可視データを用いて議論の的を絞り、聴衆の理解を円滑にした。さらに重要な点、強調する点に時間を割いており、言葉の用い方や身振り手振りなどは演説さながらであったため、聴衆は発表者の研究に引きつけられていった。短時間で聴衆の関心をとらえ、自らの議論を展開する方法を、今後の自分の研究発表でも活かしたい。また各研究者の発表とコメントの後に展開された質疑応答では、質問や意見の的確さが印象に残っている。社会学または政治学といった専門分野の深い知識があるからこそ、アプローチや対象地域の異なる研究に関して、発表者の研究に貢献できる意見や鋭い指摘を述べることができるのだと認識した。

国際学術会議「ポスト新自由主義時代の民主主義の行方:グローバル化する世界と社会運動」報告 信岡 悠

 シンポジウムはインドの下層民衆研究、日本の左翼運動研究、また開発学・労働運動研究の専門家によって行われた。3人の研究者がそれぞれ発表を行い、ディスカッサントのコメントに答えた後に、会場の参加者へ質疑応答の時間が与えられた。シンポジウムでもワークショップと同様に対象事例も分析手法も異なっていたが、現代の社会運動や民主主義への問題意識は共有されていた。例えばかつて植民地支配におかれていた国や学生運動の苦い経験のある国で集合的記憶はどのような影響を与えているか、未だ経済発展による恩恵を享受できない地域でどのように民主主義を達成するのか、進行中の新たな形式の民主主義の可能性をどう評価するのかなどが挙げられた。報告者としてはポランニーの二重の運動や、『大転換』における自己調整的市場の理論が、現在の社会運動にも応用されて論じられる点が興味深かった。対象地域の違いに関わらず世界中の研究者がポランニーの理論に注目し、現代の文脈で発展を試みているとわかったからである。また社会運動や市民社会組織が提唱する新たな価値観や、既存のグローバル秩序への挑戦を肯定的に評価するだけではなく、これらの限界や個々の組織の運営問題についても言及されていた。さらに世界中で高まりつつある急進的なナショナリズムや保守主義運動に関して研究者達が懸念を示しており、解決策を模索していることが伺われた。研究者の一人が、「この会議の裏の目的は急進的ナショナリズムやレイシズムへの処置を考えることだ」と述べたことが印象深い。

 本会議では学生と研究者が学問的なつながりを築くため、いくつかの企画が用意されていた。その内の一つがディスカッサントの担当である。報告者は準備期間に読んだ中で、最も興味関心に近い研究を行っているGeoffrey Pleyers博士を選択し、ワークショップの発表原稿に関してコメントを行った。講義も資料の読解も苦労は絶えなかったが、準備期間の練習のおかげでこのような貴重な機会を得ることができた。実際の担当時には5分という時間が恐ろしく長く感じられたが、Pleyers博士から返答を頂いた喜びはひとしおであった。短時間であったが、大勢の研究者が集まる中で発表を行えた経験を、今後の研究や学会報告にも役立てたい。

 会議の終わりにある研究者が「今こそが始まりである」と述べていた。この言葉通りに、この会議を始まりとして研究者同士また研究者と学生の交流も進み、活発な議論が交わされたことで、「ポスト新自由主義時代の民主主義」を深めるための素地が整ったのではないかと感じた。

国際学術会議「ポスト新自由主義時代の民主主義の行方:グローバル化する世界と社会運動」報告 信岡 悠

報告日:2014年8月4日