多文化共生・統合人間学演習II(第1回報告) 前野 清太朗

多文化共生・統合人間学演習II(第1回報告) 前野 清太朗

日時
2014年5月16日(金)16:30−18:00
場所
東京大学駒場キャンパス18号館4階コラボレーションルーム3
講演者
Ilaria Andreoli氏(フランス国立高等研究所)、 François Dupuisgrenet Desrousilles氏(フロリダ州立大学)
主催
東京大学大学院博士課程教育リーディングプログラム多文化共生・統合人間学プログラム(IHS)「共生のプラクシス」教育プロジェクト「ヨーロッパ」ユニット
協力
Lilla Wallace- Reader's Digest Endowment for "Villa I Tatti" (The Harvard University Center for Italian Renaissance Studies)

2014年5月16日、IHS「共生のプラクシス」教育プロジェクトの授業が行われた。ゲストスピーカーはイラーリア・アンドレオーリ氏(フランス国立科学研究センター)およびフランソワ・ドュピュイグルネ・デルシーユ氏(フロリダ州立大学)の2氏。講演タイトルは、"Transnationalism and Transmateriality of Illustrated Books of the 15th and the 16th Century"(アンドレオーリ氏)、"Visual poetry in the Renaissance and Baroque Era"(デルシーユ氏)である。司会は本IHSプログラム「ヨーロッパ」ユニットの村松真理子准教授(総合文化研究科)。斎藤拓也助教、IHSプロジェクト2の特任研究員および学生若干名を迎え、講演は粛々とした雰囲気のもと進行した。この報告書を書く当人のテーマ領域は農村社会学、加えて他学生にあっても法学、映画論と、「ヨーロッパ美術」を主演題とする本講演としてはやや異色の聴衆を迎える状況となった。

 アンドレオーリ氏の専門はイタリア・ルネサンス期の書誌学である。本日は15~16世紀の絵入り印刷本における「越境する」モチーフについてお話を頂いた。講義は初期印刷本の挿図中にみられる死のモチーフに始まった。モチーフの「伝播」に関する議論そのものは民俗学等において長らく論じられてきたテーマであるが、それがこれまで「伝播しそうもない」と思われる地域間の越境として現れるとき、人に驚きと自己の見つめ直しを迫る。続く論題、15世紀末ヴェネツィアの挿絵本『ポリフィルス狂恋夢』(Hypnerotomachia Poliphili。愛多き主人公の夢の恋の戦い、とでも解釈したものだろうか)に現れる東方的モチーフはそのよい事例かもしれない。もちろん改めて東方貿易の従事国ヴェネツィアの地域背景に鑑みれば得心しうるものもあれど、挿図中のヒエログリフ(のようなもの)のモチーフは現代の読者へも少なからぬ驚きを与える。近代の思想は一面にあってこれら「越境者」たちの記憶へ目覆いをし、あってはならぬものへとしてきたのではあるまいか。

 続くデルシーユ氏の専門はフランスにおけるキリスト教美術史であった。氏には古代ギリシア以来の古典的な試みから時を経、ルネサンス~バロック期に至る時代の中でキリスト教的モチーフを表す手法として発展する「カリグラム」の系譜について講義して頂いた。「カリグラム」といえばフランスに生きた才人アポリネールの同名の作品集が知られたものかもしれない。図形的に配置された詩文によって読者の視覚・感覚へ同時に訴える、さながらマルチメディア的な文学とでもいえるだろうか。キリスト教的モチーフでいえば、それを文字で語られたものとして理解するにとどまらず、まさに神を「感じる」ことのできるような表現の技法と言おうか。マルチメディアと何気無しに書いてしまったが、これもまた、表現技術のマルチさをモノなものへと変換して管理していった時代を背負う私たちならではの感覚なのかもしれない。むしろ私たちが特殊な時代の子であるのか。

 以上、2氏の講演はスムーズなプレゼンテーションとともに終えられた。もっとも今後に向けてのプログラム上の課題も残された。総じて私ども参加者が本講演を、考えること多く対話すること少ないものにしてしまったのは心残りであった。講演から示唆されるメッセージは書誌学・美術史から広範に拡がるテーマを考えさせられること多かったが、それらに関する対話を豊かに展開させえなかったのは今後の検討課題である。ゲストとホスト、オーディエンスを等しくパーティシパント(参与者)にするためのちょっとした垣根払いの工夫の試みを、本プログラムのなかでなし得ていければ、と考える。

多文化共生・統合人間学演習II(第1回報告) 報告 前野 清太朗

報告日:2014年5月28日