多文化共生・統合人間学演習V(第4回報告) 星野 太

多文化共生・統合人間学演習V(第4回報告) 星野 太

日時
2014年6月21日(土)13:00-18:00
場所
東京大学駒場キャンパス駒場博物館セミナー室
講演者
石浦章一(本学広域科学専攻教授)+小林康夫(本学超域文化科学専攻教授)
主催
東京大学大学院博士課程教育リーディングプログラム 多文化共生・統合人間学プログラム(IHS)「生命・環境」ユニット

IHS「生命のかたち」教育プロジェクトでは、6月21日(土)に本学広域科学専攻の石浦章一先生をお迎えし、「多文化共生・統合人間学演習V」の第4回目の授業を行なった。この日は4名のIHS学生が参加し、石浦先生が監修を務めたザック・リンチ『ニューロ・ウォーズ――脳が操作される世界』(杉本詠美訳、イースト・プレス、2010年)を事前に読んだうえで講義に臨んだ。

石浦先生のご専門は分子生物学であるが、これまで先生が刊行されてきた著書や論文のテーマは多岐にわたっている。この日の授業の前半では、「遺伝子が人間のこころをつくる?」というタイトルのもと、環境を要因とする遺伝子の発現パターンの分析、すなわち「エピジェネティクス」と呼ばれる研究分野について講義をしていただいた。

近年、「遺伝子検査」や「遺伝子診断」のようなものがさかんに喧伝されているが、石浦先生によれば、そうした議論の多くは、「関連」遺伝子と「原因」遺伝子の区別を無視したものであるという。たとえば、この日の講義で取り上げられた自閉症の問題にしても、自閉症の「原因遺伝子」が1%以下であるのに対して、自閉症と「相関がある」とされる「関連遺伝子」は数百個に及ぶ。近年さかんに「検査」や「診断」が可能であると謳われる「遺伝子」とは、ほとんどがこの「関連」遺伝子の方であり、ある特定の遺伝子が知能、体質、肥満などに直接大きな影響を及ぼすケースはほとんど存在しない。講義中に紹介された『Nature』の論文によれば、背の高さを規定する遺伝要因は約200種類の遺伝子の組み合わせであり、それでも、せいぜい背の高さの10%ほどが説明できるにすぎないという。

後半では、「脳科学イノベーション」というタイトルのもと、課題図書であった『ニューロ・ウォーズ』に関連する講義をしていただいた。こちらでは、オプトジェネティクスやエンハンスメントなど、近年さまざまなところで話題にのぼる脳科学の主要問題が、具体的な事例に即して紹介された。石浦先生のご専門であるアルツハイマー病に関する研究成果なども含め、わずか数時間の講義の中できわめて広範な事例が紹介された。

以上のように、今回の講義では、大きく分けて遺伝子と脳科学という二つのトピックが扱われた。それぞれ専門的な内容を盛り込みつつも、具体例をふんだんに盛り込んだ石浦先生の講義は、当該分野に馴染みのない者にとってもきわめて理解しやすいものであった。『ニューロ・ウォーズ』で論じられていたように、近年の脳科学は、美学や倫理学をはじめとする人文科学の諸分野にも大きな影響を及ぼしつつある。そうした先端科学の知見といかに付き合っていくかという問題は、人文・社会科学系の多くの研究者にとっても、遠からず直面すべき――あるいはすでに直面しつつある――課題であると言えるだろう。

報告日:2014年7月14日