筑波大学附属視覚支援学校視察報告 渡部 麻衣子

筑波大学附属視覚支援学校視察報告 渡部 麻衣子

日時
2014年6月26日(木)15:30〜18:30
場所
筑波大学附属視覚特別支援学校(文京区目白台)
参加者
渡邊雄一郎、ジョゼフィーヌ・ガリポン、渡部麻衣子

プロジェクト3のテーマは、共生社会における科学技術について考察を深めることにあると考えるが、そのために、障がいのある人と共に科学の対象について考える実践的な取り組みをいくつか検討している。そのひとつの準備のために、今回は、筑波大学附属視覚特別支援学校に視察に伺った。
この視察は、「目の見えない人は、生物学の学習に不可欠と思われる顕微鏡画像にアクセスできるのか」という素朴な疑問から計画されたものである。たとえばアリゾナ州立大学の視覚障がいのある学生が、科学、技術、工学、数学で用いられる画像を立体印刷機を用いて印刷する技術の開発に取り組んでいる 1 。視覚障がい者のために画像を立体化する取り組みは、これらの分野に限らず、ファイン・アート 2 3 や写真 4 といった芸術領域でも行われている。
一方、視覚障がい者のための理科教育も現場において長年検討されてきた 5 6。そこで、現在、日本視覚障害理科教育研究会(JASEB:1981年発足)の事務局ともなっており、視覚障がい者のための理科教育のひとつの拠点とも考えられる、筑波大学附属視覚特別支援学校にお伺いし、理科教育の取り組みについてお話を伺う計画を立てた。中高理科教育ご担当の武井洋子教諭、浜田志津子教諭にご対応頂いた。

1.化学の実験

浜田志津子先生には、化学実験室にて感光器を用いた化学実験の様子を再現して頂いた。感光器とは、光に反応して音の出る、手のひらサイズの四角い機器である。これを用いることで、溶液の色の変化を確認することができる。生徒は、音の変化を知識として「溶液の色の変化」と覚える。テストでは、酸性やアルカリ性への変化を色で表現する。また水素の発生は、生徒の指で押さえ易い太さにそろえられた試験管を生徒自身が持ち、指への気圧と温度で水素の発生を体感し、最後は自身がマッチを擦って火をつける。このような、生徒が自分でやれるように、また、生徒自身の感覚で捉えられるように工夫した実験を中心にした理科教育を大切にしているとのことであった。実験の好きな生徒は多いとのことで「呼んでくれば誰かいるんじゃない?」と言って下さったが、あいにく、生徒さんの実験に立ち会うことはできなかった。

近年の生徒数の減少に伴い、視覚特別支援学校は、縮小、統合されつつある。そのために視覚支援教育に必要な機器の製造を停止する機器メーカーもあり、必要な機器の確保には苦慮しているとのことであった。こうした国内事情による苦労があるにもかかわらず、ご案内下さった浜田教諭をはじめとする支援学校の先生方は、タイやインドなど、視覚支援教育が発展途上にある国に出向き、教育の手法を伝えるJICAの草の根支援事業にも携わっていらっしゃった。

3. 生物の観察実験

続いて武井洋子教諭に、生物実習室にて、現在行っている蚕の観察を見せて頂いた。武井先生によると、蚕の観察は以下のように行われる。

「蚕は触っても無害な虫の家畜なので、蚕の生育過程を手で触らせ観察させています。繭の中を観察する時は繭を振って中の様子をさぐらせます。完成したばかりの繭は振っても何も感じないが、3日前に完成した繭は振ると中でゴロゴロと動くのがわかります。この後、繭を切って中身を比較すると、[縮んで柔らかくなった幼虫]、[あしのないコロコロした塊と小さな皮のような塊]の違いを生徒が発見します。生徒の観察の後、あしのないコロコロとした塊は蛹であることを伝え、繭の中で3日の間に何が起こったかを生徒に考察させています。このように授業を進めています。観察では生徒を発見者の立場に立たせ、解説は後からするような授業を心がけています。」

観察後には絹糸を紡ぐ。生徒の多くが紡いだ糸を喜んで持ち帰るとのこと。

「その他、生物の授業では、ブタの眼球、腎臓、心臓などの解剖、魚の外形観察、動物の頭蓋骨標本の観察なども行っています。生徒にハサミを持たせ、教員が手を添えて、ニワトリの心臓の下半分を縦に切らせ、2つの心室をさわって比較させると生徒は、壁の厚さがずいぶん違うことに気づきます。そのとき、教員がどちらが全身に血液を送り出し、どちらが肺だけに送り出すかを発問すると、生徒は口を揃えて正答を言います。観察したことを言語化することと、観察したことから考察できることを大切にしています。」

このように生徒の主体的な体験を重視する教育手法は、武井先生の恩師であり、日本における視覚障がい理科教育の開発に大きな影響を与えた鳥山由子教諭、故青柳昌宏教諭、林良重教諭以来の、日本における視覚障がい理科教育の潮流であるようだ。

4. 模型・標本

実習室には数多くの模型や標本も並んでいた。それぞれ、先生が生徒にとっての使い易さを考えて購入されたものだが、それぞれに問題があり、使い易く安価な模型は是非必要だとのことであった。染色体の模型は、先生が柔らかいロープで手作りされたもので、動原体部分がボタンで止められた構造になっているので、凝集や分裂を教え易い、ということが一目瞭然であった。一方、骨の標本では、歯や頭の形状から動物の食餌の特徴などを推察しながら身体の形と機能の関係を学ぶ。校外学習では動物園で、虎やパンダの骨に触れ、何の骨かを考えるという体験もある。ちなみにパンダを当てるのはとても難しく、なぜ難しいのかということを通して、進化の概念についても学ぶことができる。

5. 顕微鏡について

さてでは「顕微鏡」についてはどのように学ぶのか、である。生徒は、中高理科で一般的に用いられる光学顕微鏡についてその仕組みと使い方を学ぶ。接眼レンズに、先程の感光器を当てた状態で光源を適切な角度で対物レンズに当てると音が鳴るので、光がレンズを通ったことがわかる。光学顕微鏡が対象に光を通すことで観察する器具であることを理解すれば、観察物を光の通る状態にしてプレパラートを準備する必要のあることについても、理解することができる。しかし、顕微鏡を用いた実際の観察は、現在の授業からは除外しているとのことである。たとえば顕微鏡を用いた簡単な実験として典型的なミジンコの観察は行っていない。
視覚特別支援学校には、初等部にYahooの提供した3Dプリンターが置かれている。しかし、機械の性能の問題で、生徒たちが触れても引っかかりのない手触りとするために、先生が2時間かけてヤスリをかけなければならなかったこと、犬もライオンも同じ倍率、同じ姿勢で出てくること、などのために、武井先生ご自身は不満を抱いていらっしゃるとのことだった。これらの問題は、技術的に解決できることもあるが、「蚊を知るのに、3Dでわかるのは嬉しいが、本物の蚊(つぶれていてもいいから)も同時に触ることが、子供には特に大切。」という武井先生のお考えの根底には、できるだけ自然を体験する教育を目指されて来た中、技術の発達によって人工物が簡単に作れるようになることを手放しで喜ぶことはできない、ということがあるように推察された。

「理科の学習には図や模型も必要ですが、可能な限り実物を用いた観察、自然現象の再現の体験(実験)を心がけなければなりません。核になる体験をたくさんして、正しい理解が蓄積している大人なら、触る図や3D模型だけでもよいでしょうが、様々な概念が形成されていない幼児・児童・生徒には実物観察、実体験がとても大切です。」 7

この武井先生のことばは、「共生社会における科学技術」について考える上で、非常に重要な示唆であると言えるのではないだろうか。

6. 今後

多文化共生を実現する人材の育成というIHSの目標をお伝えしたところ、学生の出前授業などを歓迎すると言って下さった。学生にとっては、視覚支援学校における教育を見せて頂くだけでも十分に有意義な経験となるだろうが、さらに日頃使い慣れているパワーポイントなどを使わずに、聞き手の身体に合わせた伝え方を検討することは、知識と身体、より広くは環境や社会との関係を、客観的に考察する体験となるのではないだろうか。

参考文献

Gonzales, A. et al., "Picture Worth a Thousand Words," (Last accessed: 2014/7/4)
粟田晃宣「視覚障害児の美術教育の推進と充実(Last accessed: 2014/7/4)
独立行政法人国立特別支援教育総合研究所『真空成形法による立体教材製作ガイド』2009。
Wang, Z. Xu, X. and Li, B., "Enabling seamless access to digital graphical contents for visually impaired individuals via semantic-aware processing," Journal of Image and Video Processing. 3, 2007.
林良重「『視覚障害者のための化学教育』特集に際して」『化学と教育』36(4):4-5.
鳥山由子「戦後盲学校理科教育における実験・観察学習の展開過程に関する文献的研究」『障害科学研究』31、2007:137-152.
武井洋子 寄稿 JASEB機関誌ニューズレター 2014. (印刷中)
報告日:2014年7月3日